【かたこい】
―――好きな人がいます。その人はとても優しくてとても素敵な人でした。
入学式の日に1人で迷っている所をその人に助けてもらったのがきっかけ。
「ここ……どこ? 教室……どこだっけ?」
あの日、桜が満開の季節のあの日―――
入学したてで誰も友達がいなくて一人ぼっちで寂しくて。
こんなことで泣くのはどうかと思ったけれど、心細さから泣きそうになってしまった。
「どったの?」
そう、声をかけてくれたのは……優しそうな上級生だった。
「何? 迷子?」
「え、えと。……あの」
「良いって。なんかこの学校結構複雑な校舎のつくりしてるもんなぁ。わからんでもない」
「……あ、あの」
「一年生?」
「は、はい」
「ってことは入学したて。ぴっかぴか?」
「はい」
「何組?」
「B組……です」
「そ。じゃあ案内してやるよ。ついといで」
「は、はい!!」
―――颯爽と現れた先輩は凄くかっこよかった。にこりと優しげに笑った笑みがとても眩しくて。その瞬間……恋に落ちたのだと思う。
その先輩の名前は鈴村利人。カッコイイという事で一年生の間でも一気にうわさが広がり、名前が調べやすかった。
ただ……いかんせん頭が悪い―――という不名誉なうわさもゲットしてしまったけれど。
利人先輩の評判は一学期は女子の間で騒がしく、二学期はいっきに落ち着いた。
「やっぱりさー、顔だけ良くても駄目だって」
「あはは! だよねー。つか……それを考えたらホント、鈴村先輩っておしいよねー」
「つか何かが残念だよね」
「あそこまで馬鹿だと百年の恋も冷めるって言うか」
「ぶっちゃけ付き合った子達も引くレベルだからって言うしねー」
ケラケラと笑いながら利人先輩をそういう評価をしていく人達が増えていった。
女子だけの話は正直エゲツナイ。オブラートに包むという事を知らないとかと思うくらいのときもある。
「あんたもそう思わない?」
「え?」
突然話が振られびっくりしてしまう。
「ど、どうかな」
言い難い。利人先輩がスキとはとてもじゃないけど言いづらい雰囲気を出している。
お弁当の中の卵を箸でさし口に運び何も言えない状況にする。ふと窓の外を見れば―――噂の利人先輩がいた。
校庭でバスケをしている姿は何度か見た事がある。鈴村先輩はとても運動神経が良い。だからよく色々な部活に助っ人として呼び出されているのも知っている。
「おー、噂の利人先輩じゃん」
「……」
先ほどまでゲラゲラと笑いながら利人先輩を貶していた友人もその姿を見て溜息をつく。
―――うん。だって知ってる。今ここで利人先輩を貶していても本当は利人先輩の事がスキだってこと。
「りっひとせんぱーい!! テスト勉強放ってあそんでていーんですかー!!」
ケラケラと笑いながらその子は利人先輩に声をかけた。否、無理矢理届けた。
その瞬間、くるりと振り向く。
「うっせ! 完璧超人は柳だけで十分だ!!」
「なんですか! それー!!」
嬉しそうに笑う彼女の顔は……まるで(否、正真正銘)恋する乙女だ。
「……」
ずるい、ずるい。ずるい。自分はさっきまでここで利人先輩の悪口言ってたくせに。引くとか残念とか言ってたくせに。そのくせ自分はちゃっかり利人先輩と仲が良いんだ。
これだから女友達の言葉なんて100%信じられないんだ。
(わたしだって……利人先輩が好きなのに)
なんて事を思っていると利人先輩が渡り廊下に向かってダッシュした。
私達は全員頭に「?」マークを浮かべて窓の外を覗き込む。
「あ、有賀先輩と遠藤先輩だ」
「なんか仲良いよねー。あの二人付き合ってるのかな?」
「いや、ちがうっしょ。だって柳先輩3年の先輩と付き合ってるんでしょ?」
「違う違う! あの人とはもう別れたって」
「マジで!? 超はやくない!?」
「あの人もなーんか残念だよねー」
「うんうん」
「……」
そんな会話を隣で聞きながら……遠目で利人先輩を見る。嬉しそうな顔をしていた。
なんとなく……前から思っていた。
利人先輩は……有賀先輩の事を……どう思ってるのだろうか。と。
「あ、そうだ。ねー、後で利人先輩に差し入れ持って行くからさ、一緒にきてよ」
「う、うん……」
そして……気が付けば二学期は終わり、三学期を向かえ……女子の一大イベント……バレンタインデーの日が目前まで迫っていたのだった。
***
バレンタインデー売り場の一角でチョコを選ぶ。先輩は、受け取ってくれるだろう。手作りよりは既製品が良いだろう。
だってほら、手作りの場合食べてもらえない可能性だって否めない。
可愛いのとあからさまなの、どっちが良いだろう。受けを狙うなら可愛いの。って先輩に受けを狙ってどうするんだか……
(可愛いの……喜んでくれそうなのがすごいよね……)
思わずほくそ笑む。と、同時に誰かにぶつかった。
「あ! ご、ごめんなさい」
「あー、いいって。こっちこそ周り見てなかったし」
「あ……有賀、先輩」
「あー、利人と良く一緒にいる後輩の子の友達!」
そういえば、という顔をされる。っていうかそういう覚え方って……いや、事実だ。
私は彼女の付き添いで一緒に利人先輩の所まで行くのだ。
一人で行く勇気がないから付き添いとしていく。
彼女に対してずるいずるいと文句を抱きながらもその実私が一番卑怯な事をしているような気がした。
「先輩も、バレンタインのチョコですか?」
「私? そう見える?」
「……」
「私は友達の付き添い」
「そ、そうなんですか。てっきり遠藤先輩に渡すのだと」
「柳に? ……まぁ、今回は見送りかなーって」
「え?」
「ほら、テスト近いでしょ?」
…………意味が、判らなかった。テストが近いとチョコを渡せない? どういう事?
「あ、ごめん。言い方が悪かったね。奇天烈トンでもチョコを毎年作るわけだけど、今回はバレンタインデーとテストが重なるわけよ。さすがにそんなチョコを渡しておなかを壊したら眼も当てられないって事で」
「……トンデモ……チョコ」
というか、毎年そんなものを渡していたのか……
「有賀先輩は、遠藤先輩と付き合ってるんですか?」
そう訊いたとたん、先輩はうんざりとした表情を一瞬だけ浮かべて。にこりと笑う。
「まさか」
にこりと笑っているが……顔にはばっちりと『もういい加減その質問うざいんだけど』と書いてあった。……良くも悪くも正直者なのかもしれない。
というか、恐らくうんざりされるほど訊かれている事でもあるのだろう。
「じゃあ、利人先輩がすきなんですか?」
「……」
はっとして口元を押さえる。先輩はじっと私を見て、それから困った風に笑った。
「判らない」
「……え?」
「っと、ごめん。友達の用事終わったみたいだし。私はこれで帰るわ。またね」
「あ」
バタバタと去っていく有賀先輩……
さっきの言葉の意味って……何? なんだか、ぐるぐると靄がかかる。
(違う、よね。そういう意味じゃ……ないよね)
でも、だったら、どうして即答してくれなかったんだろう。
***
そして、バレンタイン当日がやってきた。
(今日はしっかりしなくちゃ! 利人先輩に渡すんだ! それから……それから……)
潔く振られるの? でも、振られない可能性だって、あるじゃないか。
そうだよ。もう何がどうなってもなるようにしかならないんだ。
先輩だって呼び出してるし。なるようにしか、ならない。
「おーいたいた」
「せ、先輩!」
「ちっす。どうした? ひとりってめずらしくね?」
「あ、あの」
「ん?」
「これ!!」
チョコを突き出すように利人先輩の前に出した。
「……」
「わ、わたし、ずっと、ずっと利人先輩の事……好き、でした」
「―――……うん」
顔を上げられない。みれない。惨めなぐらいに体が震える。
「その」
「……ごめん」
「っ!」
「ごめんな。オレは受け取れない」
「……い、いいえ、なん、となく……わかって、ました」
「ごめん。でも、好きになってくれて……ありがとう」
「っ!!」
なんで、……そんな事言ってくれるんだろう。でも、だけど、それは余計に悲しくなってくる。惨めになってくる。
「ありが、先輩……ですか?」
「うん」
「―――……先輩は、利人先輩の事、そういう風にみてないかもですよ」
ああ、私。嫌な子だ。……最悪だ。諦めが悪い。何で自分でもっと惨めな思いにしてるんだろう。
「そうかもな」
「え?」
「でも、しょうがないだろ。……な?」
「……」
「言わないでいるより、言った方が良い。言わないで後悔するなら、言って……すっきりさせて、元の関係に戻ったほうが良い。じゃないと取り返しの付かないことしそうだし」
「……」
「……あ。今言ったこと内緒な」
「はい」
「笑えって言うのも無理だろうけど。笑ってな」
「……先輩」
「な?」
「はい―――……あ、あの」
「ん?」
「どうして……ありがとうって、言ってくれたんですか?」
「―――ごめんだけだったら、好きになったその感情まで否定してるような気がするから」
「……」
利人先輩は、とても頭の良い人だと、私は思う。勉強とか、そういうの関係なく……すごく頭の良い人。
優しくて、凄く優しくて……きっと人の心の痛みが判りすぎてる人で。
だから優しいんだ。だから、きっと心地良いんだ。
「先輩も、がんばって下さい」
「おう」
去っていく先輩の背中を見送る。その場にしゃがみ―――嗚咽を漏らす。
優しくて優しくて、どうしようもないぐらい優しくて……
酷い人。
だけど、だからこそ。好きになって良かったとおもった。